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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1514号 判決 1964年1月30日

判   決

神戸市葺合区磯上通四丁目一番地の五

控訴人

三菱建設株式会社

右代表者代表取続役

中元正一

右訴訟代理人弁護士

東中光雄

小牧英夫

上田稔

東京都千代田区丸ノ内二丁目二番地の一

被控訴人

三菱地所株式会社

右代表者代表取続役

渡辺武次郎

右訴訟代理人弁護士

岩崎康夫

馬瀬文夫

右当事者間の仮処分異議控訴事件に付、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を次のとおり変更する。

神戸地方裁判所が、同庁昭和三七年(ヨ)第二一四号仮処分申請事件について、同年四月一一日なした仮処分決定を、被控訴人が更に金五〇万円の保証を供することを条件として、次のとおり変更する。

(一)  控訴人は、その営業上の施設又は活動についての標章に「三菱」なる文字を使用し、又は原判決添付図面第一、第二(三つの菱形の中にある相似形の各変形の空白部分の大小を問わない)記載のマークを使用してはならない。

(二)  控訴人の、「三菱建設株式会社」という標章を表示した本店兼営業所、土木建築作業所の看板、宣伝広告物に対する占有、及び、前項のマークを表示した本店兼営業所、土木建築作業所の看板、バツジ、仕事着、帳簿に対する占有を夫々解いて、被控訴人の委任する執行吏にその保管を命ずる。

但し執行吏は、控訴人の申出があるときは、右保管物上の標章の「三菱」の二字、又は前記のマークを抹消、削除、撤去させた上で、同物件の使用を控訴人に許さなければならない。

(三)  執行吏は、前項の旨を適当な方法で公示しなけばれならない。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の本件仮処分申請を却下する訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、

「一、被控訴人の営業とその周知表示

(1)  被控訴人の営業内容は、原審における主張の内(一)不動産の所有売買並に貸借 (二)不動産の管理並に貸借の受託が中心であり、(三)不動産の管理に附随する煙草酒類其の他陶漆器等の地方物産の販売 (四)建築並に土木の設計監督及び請負は右(一)(二)の業務内容に関連したものにすぎず、現実にも設計或は監督の請負を極く限られた範囲で附随的に行つているのみである。而も設計、監督の請負と土木建築の請負とは全く異質的な業種であり、控訴人の業務とは競争対抗の関係に立つものではない。被控訴会社の事業収入も土地建物賃貸収入が九〇%以上、設計監督収入は、一〇%弱、建築土木請負収入は皆無であり、いわゆる三菱系会社の内控訴人と同種の業種を営むものは訴外新菱建設株式会社であつて被控訴会社ではなく、土木建築請負業者によつて組織される全国建設業協会に所属登録されているのも右訴外会社であつて被控訴会社ではないのである。

被控訴会社は以上のごとき事業を行い、三菱地所株式会社なる商号の下にいわゆる三菱マークをサービスマークとして使用して来たのであるが、右商号は三菱の二字によりいわゆる三菱系の会社を示し、一方三菱を商号の一部とする他の会社と区別するために、その営業目的営業実態を適格に示す地所の文字を用いたのであつて同会社は不動産を取扱う三菱系業者として周知されているのである。又その建設業登録も東京都知事宛にしており、営業範囲も東京都内に限られ、後述の控訴会社のそれとも全く地域を異にしている。

二、控訴会社の営業表示と被控訴会社のそれとの類似性或は混同のおそれの有無。

控訴会社は昭和三三年九月に設立され神戸市内を営業地域範囲として土木建築請負業を営み、兵庫県に建設業登録をしており、被控訴会社とは明に別個のものであることが弘く知られている。

原判決のように双方の商号を分割比較して特に三菱という部分に夫々の主要な構成部分があるとするのは全くの独断であつて、現に昭和三七年度の大阪市電話帳の記載を見ても、三菱の文字を商号の一部とする会社は三〇社に近く、これらが殆んど混同のおそれがあり、類似性があると謂わなければならぬ筋合であるに拘らず、そのような論の出ないのは、営業の規模営業目的、営業の性質とその表示との関連によつて事が決せられるからである。

之に対し被控訴会社はいわゆる三菱系会社ということに重点を置き、控訴会社のため自己の信用を害せられ、営業上の利益を害されるおそれがあるとしているのであるが、不正競争防止法はいわゆる三菱系という社会経済体、シンジケートないし財閥を保護するものではなく、本件においても当事者双方の営業活動が混同を生ずるおそれがあるか否かが問題でそれ以上のことを考慮に入れてはならない。而して現に三菱鉛筆株式会社のごとくこの文字を使用しながら三菱系会社でないものがあり、反面同系会社でも大平建設、新菱建設のごとく右の文字を使用しないものもある。

更にいわゆる三菱マークはいわゆる同系会社のサービスマークでもないし、又同系会社が悉くこのマークを使用しているのでもない。問題はここでも当事者両会社のサービスマークのみであつて、両者はその菱形部分が全部ぬりつくされているか否かにおいて明かに異るものである。尤も被控訴人はいわゆる三菱マークの内には、控訴会社のそれのように小菱形の空白のものもあると謂うが、被控訴会社自身はそのようなマークを使用していないのであつて、この点においても三菱財閥或は三菱系会社なる非法律的な観念を入れることにより、控訴会社に無用の攻撃を加えているのである。

三、更に控訴人の商号並にマークの使用により被控訴会社の営業上の利益を害されるおそれのないことは両者の業種が前述のとおり全く異ることよりも明らかである。尊大な財閥意識を主張することによつて中小企業家を洞喝し、元来自由なるべき言論表現呼称を制限することは許すべきではない。」と述べ、(中略)

被控訴代理人において

「第一、営業混同による被害者たるいわゆる「他人」

一、本件不正競争の被害者

控訴人は我が国内で広く認識される他人の営業周知表示たる三菱の文字及び三菱マークと同一又は類似のものを使用してその他人の営業と混同を生ぜしめ、又は少くともそのおそれを生ぜしめているのであつて、右三菱の名及び三菱マークはいわゆるコレクティブ・マークであり、この場合の不正競争防止法第一条第二号にいわゆる「他人」とは三菱系会社という複数人特に被控訴人である。そこで被控訴人は第一次的に最大の被害者としての個人の立場、第二次的には狭義の三菱系会社の一員の立場において、本件不正競争の停止を求める。

二、営業混同の不正競争の性格と被害者としての「他人」、不正競争防止法第一条第二号所定のいわゆる営業混同による不正競争は現実に混同の結果を生ぜしめたことを必要とせず、そのおそれを生ぜしめることで十分であり、他人の営業となんらかの関係があるかのように装う行為はすべてこれに属するものであつて、その被害者である他人すなわちその営業周知表示の主体が単数であるか、複数であるかは問うところではない。

三、右の営業周知表示の主体が複数の場合にも之を特定し得る限り少数であると、多数であるとを問わない。又多数の営業主体の群が同一の商標或はサービスマーク等をその営業表示としている例も決して乏しくないのであつて、若しこれらの群に属しない第三者が之を使用し、之によつてその第三者がこの群の一員又は之と密接な関係にあるかのごとき誤認を生ぜしめるおそれがあれば、その者はこの群に属する各業者の利益をも侵害する不正競争となるのである。

四、本件三菱マーク及び三菱の名は周知団体標章の代表的なものであり、三菱合資会社又はその創立者岩崎弥太郎に源を発する狭義の三菱系の会社が之を使用しており、之による共通の名声を維持するためには日夜絶大の努力を払つている。

五、控訴人の不正競争と被害者たる被控訴人

控訴人は右の事実を熟知している筈であるに拘らず、三菱の名を商号に冠し、而も三菱マーク又は中空の三菱マークをサービスマークに使用することはまさに三菱系会社がすでに営業上獲得した名声を一般公衆に誤解を起させるような詐術を用いて自己の利益に使おうとする行為であつて、第一には控訴人も亦三菱系会社であるか、又は之と密接な関係があるかのごとき混同のおそれを生ぜしめ、第二に殊に控訴人と同種の営業を目的とし、現に関西地方において盛に建設事業特に建築の設計監督を営んでいる被控訴人と同一であるか、又は之と密接な関係があるかのごとく世人をして誤認混同を生ぜしむるおそれを生ぜしめているのである。

第二、いわゆる三菱系会社以外の三菱マーク使用と対策

三菱の名と三菱マークの使用を承認され現にこれを使用している会社がいわゆる狭義の三菱系会社であるが、これらの会社以外で合法的に使用を許されているのは三菱鉛筆株式会社のみで、その他のものはすべて違法である。右会社はわが国に商標制度が採用された当時三菱合資会社が商標の重要性を未だ十分認識しなかつたため過失により鉛筆については商標登録を受けることを怠つたので、之を知つた真崎鉛筆会社は、当時絶大な名声と信用のシンボルとして認識せられていた三菱マークと三菱鉛筆の名を鉛筆についての商標と定めその登録を受けて今日に至つている。戦後一時停止された右のマーク及び三菱の名称の使用が平和条約の続結によりその禁止を解除せられたとき、右訴外会社は三菱鉛筆株式会社と商号を改め今日に至つたもので、唯一の例外である。之れ以外の会社で不正使用をする者に対しては三菱系会社はこれらのマークの防衛を図り共通の信用と名声の維持のために対策を協議し、かかる不正競争者に対しては最も直接重要な被害者の名を以て順次説得又は刑事民事の手続により右の使用の禁止を求めているのである。

本件仮処分申請が被控訴人によつてなされたわけは、控訴人が直接営業混同の危険にさらされ、これによる損害が最も大きいと認められるからである。被控訴人以外の三菱系会社も亦控訴人の営業上の施設又は活動が同系会社のそれと密接な関係があるかのごとく世人から誤認混同され、その結果名声と信用という見地から甚大な損害を受けるおそれのあることは勿論である。国内には他にも同様の不正競争者が跡を絶たないのであつて、之を放任する意図も毛頭無いのである。

尚被控訴人の建設業はその主要目的の一つであつて、決して附従事業ではない。現在でこそその営業収入の大半は不動産賃貸収入になつているが、かつては建設業収入が被控訴人の全収入の五割以上を占めていたこともあり、その大半は建築請負によるものであつた。建築土木の設計監督と請負とは共に建設業に含まれ、異質のものではなく、被控訴人も建設業の登録を受けているが、単に設計監督のみであれば被の登録は不要である。又被控訴人は全国建設業協会にこそ加入していないが、日本建築士会連合会以下九つの業界最有力団体に加入している。又新菱建設株式会社は三菱鉱業株式会社の子会社であり、広い意味では三菱系であるが三菱の名や三菱マークの使用を許された狭義の三菱系会社ではない。」と述べ、

(中略)ほか、

いずれも原判決事実摘示と同一であるから、之を引用する。

理由

被控訴会社がいわゆる三菱系会社の一つとして設立せられたものであつて、その組織及び営業内容がその主張のとおりであり、単に建築土木の設計監督ばかりでなく、工事請負をも行つておりその商号が日本国内に広く認識されていること、又同会社がサービスマークとしていわみる三菱マークを使用しており、之によりいわゆる三菱系の会社の一員としての被控訴会社の営業の表示として同じく広く認識されていることに関する当裁判所の認定は原判決理由冒頭より同二枚目裏四行目迄と同一であるから、之を引用する。而して被控訴会社その他いわゆる三菱系の諸会社がいずれもその商号に三菱の二字を冠し、且つ三つのダイヤ印を組合せた同型のサービスマークを使用して永年にわたり営業活動を続けており、これらの諸会社は互にその業種は全く相違しているけれども、いずれも三菱系の一員であるとの一事によつて取引上特別の名声と信用を築き上げていることは原審証人(省略)の各証言により疎明せられるところである。又訴外三菱鉛筆株式会社のごとくいわゆる三菱系に属しないものが三菱の二字と三菱マークを使用するのは極めて例外の現象に属することは当審証人(省略)の証言により疎明せられる。従つて三菱系諸会社は三菱の二字と三菱マークの使用に付共通の重要な利害関係に立つものと見なければならないのであつて、本件仮処分申請の当否の判断をするについては、以上の事情をも考慮に入れる必要がある。

一方控訴会社の組織と営業内容、並にその使用の商号とサービスマークの使用態様の明細、及び同会社がその商号に三菱の二字を冠している上、その使用するサービスマークもたとえ三つのダイヤ印の内部に同じくダイヤ型の空白部分があるとはいえ、之を全体として観察すると三菱系各会社のサービスマークと著しく類似するものと見るべきことについての当裁判所の判断は原判決理由二枚目裏六行目より末行迄、及び同三枚目裏六行目より五枚目裏一〇行目迄と同一であるから之を引用する(尚訴外三菱商事株式会社使用のラベルであること当事者間に争のない検甲第一九号証の一乃至六によると、三菱系会社の使用するサービスマークにも三つのダイヤ印の外枠とその内部とが、控訴会社のそれと同様の形状に異る色彩を以て塗られているものも存在すること明かである)。而して当審におけるすべての証拠調の結果を精査してみても、原判決における叙上の事実認定をあらためるべき個所を見出すことはできない。

以上に認定したすべての事実関係を総合して考察してみると、控訴会社がその営業活動の表示に三菱の二字と右のサービスマークを使用していることは、その故意過失の有無は別問題としても(但しこの点についても控訴会社代表者中元正一本人は原審で「大会社のマークにあやかろうということで使いました」と供述する)、之を客観的に観察すると、矢張り三菱系諸会社が永年にわたつて築き上げた声価の表現と見るべきものを無断且つ勿論無償で使用し、之により世人に対し控訴会社も亦いわゆる三菱系諸会社の一員であるかのごとく誤信させる虞れのある外観を示し、之により控訴会社自らは営業上利益を得る反面被控訴会社その他同系諸会社の経済的利益を害する危険を生ぜしめているのであつて、之は自由競争の限界を逸脱し取引秩序をみだす反倫理的行為として信義則に反するものと謂わなければならない。

この点につき控訴人は自己と被控訴会社とはその営業内容と規模を異にし、又営業の地域範囲も離れているから、被控訴会社が不正競争防止法に基いて本件仮処分申請をなすことは失当であると争うのであるが、被控訴会社の営業内容と控訴会社のそれとは共通部分も存在することは先に認定したとおりであるばかりでなく、右法律の第一条第二号の解釈上主たる問題となるのは関係者双方の営業に共通部分が存在するか否か或は地域的に近接しているか否かではなく、一方の営業における商号、標票若くはサービスマーク等の使用行為の態様に先に判示したような信義則違反があつて之が為に他方の営業上の施設又は活動と混同を生ずる虞れが無いか否かに存するものと謂わなければならない。而して

以上に認定したような事実関係の下においては、三菱系会社の一員であることに重要な利害関係を持つ各会社はすべて同系統に属しない会社が三菱の二字と右しサービスマークを使用することを特段の事情が無いかぎり排除できるものと解しなければその法律的利益を擁護できないものと謂うべく、換言すれば三菱系諸会社が全体として被る不利益は結局直接間接に同系各会社に及ぶものと考えるのが相当である。かくして当裁判所は不正競争防止法の解釈につき講学上説かれる競争観念の稀釈化の理念を正当とし、本件については三菱系諸会社はいずれも同法第一条第二号にいわゆる他人に該当し、従つてこれらの会社なかんづく控訴会社との営業内容に共通点をも持つ被控訴会社は当然同条文にいわゆる「之ニ因リテ営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」として控訴人の不正競争行為の差止請求権を有するものと解するのである。尚控訴人は訴外三菱鉛筆株式会社のごとく三菱系と全く無関係であり乍ら、三菱の二字と三菱マークを使用するものも存在すると主張するが、そのような例外の現象があるからとて、特段の事情のうかがわれない控訴会社の右使用行為が合法化されるものではないから、右の事実も、叙上のすべての判断を左右するに足りない。

又被控訴人は「三菱建設株式会社」なる標章全体の使用の差止を求めているが、その申請の主眼とするところは「三菱」の二字の使用を差止めることにあり、右標章のその余の部分の使用に対しては固より何等の関心も持たないこと勿論であるから、右申請は「三菱」の二字を限度として之を認容し、又申請にかかる標章の抹消削除撤去もこの二字の限度においての認容するを以て足るものと解する。而して原判決中その余の申請を認容した部分はいずれも相当であるから、この点の判断については原判決理由七枚目裏末行より同一〇枚目表一〇行目迄と同一であるから之を引用する。

かような次第であるから、本件申請を右の範囲内で認容すべきものと認め、この限度において原判決を変更し、民事訴訟法第三八五条第九六条第九二条但書を適用し、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第五民事部

裁判長裁判官 加 納   実

裁判官 沢 井 種 雄

裁判官 加 藤 孝 之

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